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北浦和の整体。蘇民将来。

2021/01/06
北浦和の整体。蘇民将来。

北浦和の整体では、年始にさいたま見沼田んぼに縁にある中山神社への初詣の際に、コロナ除けの ”蘇民将来” の護符を頂いてきました。

 

蘇民将来の護符の由来は…

 

旅の途中で、ある神が泊まらせてほしいとお願いしたところ、裕福な弟は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらも厚くもてなしました。その後、再び訪れた神は、蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、蘇民の娘を除いて、裕福な弟の一族を皆殺しにしたという神話です。

 

この神は自らの正体をスサノオノミコトと名乗り、以後、茅の輪を付けていれば疫病を避けられると教えたとされます。この茅の輪が蘇民将来の護符です。

 

この話のもとになったのは奈良時代初期に編纂された 『備後国風土記』 。

 

奈良時代と言えば、歴史の時間に学んだ 「天平の疫病大流行」 がありました。735年から737年に天然痘が大流行し、当時の日本の総人口25%~35%にあたる100万人から150万人が感染により死亡したとされます。

 

当時は藤原不比等の四人の息子による藤原四子政権の時代でしたが、この四兄弟は737年5月から9月の3カ月半弱の間に全員お亡くなりになります。奈良の大仏が建立され、国分寺/国分尼寺が建立され、仏教による国家鎮護が進んだ時代でした。

 

また、この疫病が流行した奈良時代は、”風呂” が始まった時代でもあります。国分尼寺の総本山である奈良の法華寺に、聖武天皇の皇后である光明皇后がお風呂をつくりました。当時はスチームサウナのようなものだったとか。

 

光明皇后はご自身の楽しみのためにつくったのではなく、天然痘の流行や、大仏建立時に発生したとされる水銀公害により、体を痛めた民衆を癒すために、薬草を蒸したお風呂を提供したのです。

 

今どきで言えば ”アロマ風呂” が近いでしょうか。1300年昔に始まったものが今も形を変えて残っているわけです。今から1300年後、この時代の何がどのような形で残っているのでしょうか。

 

北浦和の整体では、表のドア枠の上部、外に見えるように、この蘇民将来の護符を貼り付けました。また、店内ではディフューザーによってアロマの香りが漂よい、心底癒される空間になっております。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、新型コロナウイルス退散を祈願して、今日もメンテナンス・施術を行なっていきます。