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北浦和の整体。氷上の奇跡。

2020/02/22
北浦和の整体。氷上の奇跡。

1980年(昭和55年)の今日、レークプラシッドオリンピックのアイスホッケーで、アメリカがソ連を4-3で破りました。”氷上の奇跡” と言われる試合。

 

当時のアメリカ大統領のジミー・カーターはソ連のアフガニスタン侵攻に対して1980年モスクワオリンピックをボイコットするかどうか考えていました。第二次世界大戦後のソ連とアメリカの対立は、ミュンヘンオリンピックのバスケットボールの決勝での因縁などスポーツの世界にも波及しており、米ソは国の威信を賭けてその覇権を競っていました。

 

数十年にわたる冷戦中でも、新冷戦のはじまりとも言われる緊張の高まっていた時期に、レイクプラシッド大会は開催されました。米ソの緊張が高まる中、学生だけの地元アメリカチームが金メダル確実と言われていたソ連に挑むという構図でした。

 

アメリカ代表は、ミネソタ大学の学生中心のアマチュアチーム。一方、1964年インスブルックオリンピック以降オリンピック4連覇中のソ連代表は、国家が養成した実質的なプロ集団である ”ステート・アマ” と呼ばれる選手たちで固められていました。

 

チームキャプテンでライトウィングのボリス・ミハイロフをはじめ、後年16カ国から選ばれた56人の専門家によって20世紀を代表する6人の選手にスウェーデンのビョルエ・サルミン、カナダのウェイン・グレツキーと共に選出されたウラディスラフ・トレチャク、ヴャチェスラフ・フェティソワ、ワレリー・ハルラモフ、セルゲイ・マカロフの4選手らを擁し、史上最強チーム、無敵などと言われました。

 

現に彼らはオリンピック前の3カ月に42戦全勝していて、前年の1979年にNHLオールスター(スウェーデン人選手3人を除きすべてカナダ選手)との対戦となったチャレンジカップでは6-0と完封勝利するなどしていました。

 

上位4チームによる決勝ラウンドにはアメリカ、ソ連のほかにスウェーデン、フィンランドが勝ち上がりました。そして、2月22日にアメリカとソ連は激突することになりました。

 

ソ連のビクトル・チーホノフヘッドコーチは、選手をベストの状態に保とうと休養を取らせました。一方、アメリカのハーブ・ブルックスヘッドコーチは猛練習を行ないました。試合前日、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、デイブ・アンダーソンは ”氷が溶けるかアメリカや他チームが奇跡を起こさない限り1960年のスコーバレーオリンピック以来の金メダルをアメリカが獲得することはなく過去7回中6回金メダルを獲得しているソ連が優勝するだろう” と書きました。

 

ホームのアメリカの観衆は星条旗を振り回したり、ゴッド・ブレス・アメリカを歌いました。ABCは午後の試合であったこの試合の中継をプライムタイムに変更しました(試合開始は午後5時で、録画放送で放映しました)。

 

試合は第1ピリオド9分12秒にソ連が1点取り先制、14分03秒にはアメリカが同点ゴール、17分34秒にソ連のゴールで2-1、第1ピリオド終了間際にアメリカが得点、2-2で第1ピリオドを終了しました。第2ピリオド2分18秒、ソ連がゴールを決め3-2とリード、第3ピリオド8分39秒にアメリカが同点ゴール。そして10分00秒、アメリカが逆転ゴールを決めた後、10分間のソ連の攻撃をしのいでアメリカが勝利しました。試合終了のブザーが鳴ると、選手・監督と観客が大興奮しスタンドは総立ちになりました。

 

22年後の2002年2月8日に20人のアメリカ選手のうち17人がソルトレークシティオリンピックの開会式で22年ぶりに再会し、聖火を点火しました。2005年に ”氷上の奇跡” の舞台となったオリンピックセンターが、ハーブ・ブルックス・アリーナに名称が変更されました。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、冬のスポーツに打ち込んでいる方にも、施術、ボディケアを行なっていきます。