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北浦和の整体。オリンピック・国歌・国旗。

2020/02/19
北浦和の整体。オリンピック・国歌・国旗。

オリンピックではメダリストの表彰式で国旗を掲揚し、国歌が吹奏されます。この形式になったのは1908年第4回ロンドン大会からです。

 

実はこのロンドン大会からオリンピックの参加方法が変更されています。それまでは個人またはチームごとにエントリーを受け付けていました。しかし、国際オリンピック委員会(IOC)はロンドン大会から各国のオリンピック委員会(NOC)を介してエントリーを受け付けるようになります。改訂の真意は、アマチュアのみが参加できるようにすることでした。

 

この大会から開会式の入場行進は国別アルファベット順、国名を表記したプラカードと国旗を掲げて選手は行進するようになりました。国別が意識されたこともあり、ロンドンでは綱引き競技を契機に米英両国の選手団が激しく対立しました。しかも、この大会ではIOC事務局長が優勝国に ”パラス・アテーネの小像” をトロフィーとして贈呈したため、さらに競争が促され、ナショナリズムが助長されました。

 

オリンピックが国家間対立を煽る、あるいはナショナリズムを助長することがないようIOC委員会では、国歌吹奏や国旗掲揚の廃止が、一時期繰り返し論議されています。

 

日本ではスポーツ振興基本計画などでも、国際大会におけるメダル獲得の目標数値が明記されるなど、マスコミやスポーツ界はメダル獲得数にこだわります。しかし、少なくともIOCは、オリンピック憲章第5章57項で「国ごとの世界ランキングを作成してはならない」 と明記しており、その目的も国と国との競争を助長しない配慮でした。それは前記の綱引き競技に端を発した米英両国間対立を踏まえてのことです。

 

我々は、選手が国を代表して出場しているため、表彰台で国歌吹奏・国旗掲揚がされると考えがちですが、実は頒歌と旗は各NOCが定めることが可能で、それは必ずしも国歌、国旗である必要はないのです。現状、大半の各NOCが国歌、国旗を登録しているにすぎなく、その結果、国歌が吹奏され、国旗が掲げられているにすぎません。

 

実はミスター・アマチュアの異名でも知られ、1952年から20年近くIOC会長を務めたアベリー・ブランデージは、過剰なナショナリズムを抑制するために国歌吹奏や国旗掲揚を廃止する提案を繰り返し出しました。

 

まず1953年国歌廃止が提起され、そこで 「メダル授与時の国歌を特別なオリンピックファンファーレに代替えする提案に関する一般討論」 がされています。この提案の背景には1952年ヘルシンキ大会でのソ連参加とそのメダル獲得数の多さ、さらに共産圏各国のNOC増加がありました。冷戦の中で高揚するナショナリズムが懸念されたのでした。

 

1968年第67回IOC総会では 「完全な国歌国旗廃止案」 が提出され、IOC委員の過半数がこれを支持しました。しかし憲章では2/3以上の賛成が必要とされたため廃止には至っていません。その後、1974年まで提案は繰り返しされますが、冷戦の最中、特に共産圏のNOCによる反対が多数を占めました。

 

近代国民国家にとって国歌や国旗の必要性はあるとは思いますが、それを強制するようなものでもないように思えます。IOC国歌国旗廃止は1953年に提案されました。スポーツは遊戯です。オリンピックイヤー
を迎えて国威発揚のためのスポーツという発想もそろそろやめてはどうでしょうか。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、オリンピックイヤーを迎えてますます頑張るスポーツマンにも、効果的なメンテナンス・施術を行なっていきます。