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北浦和の整体。サラエボオリンピック。

2020/02/08
北浦和の整体。サラエボオリンピック。

1984年(昭和59年)の今日、第14回冬季オリンピック、サラエボ大会が開催されました。

 

大会は2月19日の閉会式まで、ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボで6競技39種目が行なわれました。49カ国・地域、1274人が参加しました。社会主義国でオリンピックが開催されるのは1980年のモスクワ大会以来で、冬季オリンピックでは初の開催。規定の変更により、入賞枠が6位から8位までに拡大された初の冬季オリンピックでした。

 

ファン・アントニオ・サマランチがIOC会長に就任してから最初のオリンピック。アルペンスキー男子大回転で、ユーゴスラビアのユーレ・フランコが銀メダルを獲得したことで、ユーゴスラビア初の冬季オリンピックメダリストになりました(この大会唯一のユーゴスラビアの獲得メダル)。

 

フィンランドのマルヤ=リーサ・ハマライネンが5km、10km、20kmで金メダルを獲得したことにより、女子クロスカントリースキ―個人種目完全制覇を成し遂げました。スピードスケート女子種目では、東ドイツが全種目制覇を成し遂げました。アメリカのフィリップ・メーアとスティーブ・メーアの双子の兄弟がアルペンスキー回転種目で金銀を獲得しました。

 

注目すべき金メダリストは、アルペンスキー男子回転のフィリップ・メーア(アメリカ)、クロスカントリースキー女子5km/10km/20kmのマルヤ=リーサ・ハマライネン(フィンランド)、スキージャンプ男子90m級個人のマッチ・ニッカネン(フィンランド)、スピードスケート男子5000mのトーマス・グスタフソン(スウェーデン)、スピードスケート女子1000m/1500mのカリン・エンケ(東ドイツ)、フィギュアスケート女子シングルのカタリナ・ヴィット(東ドイツ)、フィギュアスケートアイスダンスペアのジェーン・トービル、クリストファー・ディーン(イギリス)など。

 

東ドイツが金メダルの数では1位(金9、銀9、銅6)、ソ連が2位(金6、銀10、銅9)、アメリカが3位(金4、銀4、銅0)、フィンランドが4位(金4、銀3、銅6)、スウェーデンが5位(金4、銀2、銅2)、ノルウェーが6位(金3、銀2、銅4)となりました。

 

日本のメダリストは、スピードスケート男子500mで北沢欣浩(よしひろ)が銀メダルを獲得しています。

 

大会後に勃発したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でメインスタジアムなど多くの競技施設が破壊され、墓場になった場所までありました。破壊された施設は戦後に再建されたものもありますが、大半の競技場が放置されて今も廃墟と化しています。

 

第一次世界大戦前のオーストリア=ハンガリー帝国による占領政策を恨んだ一部の地元住民がオーストリア代表チームに妨害行為を働きました。民間警備員がジャンプ代表選手を殴打する、閉会後に民衆が代表宿舎を襲撃し投石するなどが行なわれ、競技どころでなくなったオーストリア代表は冬季スポーツの強豪ながらわずか銅メダル1つと惨敗を喫しました。

 

サラエボは2010年に2回目の冬季オリンピックを開催しようと立候補しましたが、一次選考で落選。2018年大会にも立候補する意欲を示しましたが、最終的に立候補を断念しています。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、冬のスポーツに打ち込んでいる方にも、施術、ボディケアを行なっていきます。