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北浦和の整体。愛と希望と勇気の日。

2020/01/14
北浦和の整体。愛と希望と勇気の日。

1959年(昭和34年)の今日、南極大陸で1年間置き去りにされたカラフト犬タロとジロの生存が確認されました。今日は ”愛と希望と勇気の日(タロとジロの日)” と言います。

 

1956年(昭和31年)秋、総勢53名の南極観測船 「宗谷」 の中に、22匹のカラフト犬も犬ぞり隊として参加しました。「宗谷」 は越冬隊員たちを降ろし、一旦日本に戻ります。

 

1957年(昭和32年)12月、第2次越冬隊員を乗せた 「宗谷」 が南極付近に到着しますが、稀にみる悪天候に見舞われ、そのまま漂流していまいます。約50日間の漂流の末、「宗谷」 は密群氷からの脱出に成功。アメリカ海軍の 「バートン・アイランド」号と会合し、支援を受けて昭和基地で待つ1次越冬隊員と合流し、基地と艦の間をヘリコプターで空輸しながら11名、猫1匹、カナリア2羽が何とか 「宗谷」 に帰船。

 

しかし、帰船作業中にも天候は悪化し、「バートン・アイランド」号自体の氷海脱出も危うくなる状況になります。加えて、空輸自体も残り1回が限界となった時、昭和基地に残っていた人員全員と動物全頭がヘリに乗り込むと荷重超過で離陸できなくなることが判明。不時着用の燃料と食料を降ろしても、結果として15頭の犬は救出できませんでした。

 

翌1959年(昭和34年)1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターにより、上空から昭和基地に2頭の犬が生存していることが確認されます。着陸すると駆けてきて操縦士に寄ってきましたが、個体の判別がつきませんでした。

 

急遽、第1次越冬隊で犬係だった北村泰一が次の機で基地に向かうことになりました。犬たちは北村に対しても警戒していましたが、北村は2頭のうち、1頭の前足の先が白いのを見て、「ジロ」 ではないかと思い名前を呼んだところ反応して尻尾を振りました。もう1頭も 「タロ」 の呼び声に反応したことから、この兄弟が生存していたことが確認されたのでした。

 

北村泰一は、この時のことを 「南極越冬隊 タロジロの真実」 という自身の著作で以下のように語っています。

 

『ひょっとしたら、犬たちを連れて帰れない事態に陥るかもしれないことを予想した。

 

最後の局面に立ち至ったら、なんとか鎖だけでも放してやりたい。しかし実際のところ、犬たちを鎖から話したからといって、どうなるものでもなかった。だが、これは気持ちである。理屈ではない。

 

「ほんの数時間、基地が空になるだけだ」と言われた。はじめはそれを信じた。だから、最後に一列にワイヤーにつながれている犬たちの首輪の穴を一つ縮めた。犬が首輪抜けをして、その辺を走り回ったからだ。扱いに慣れた犬でも、捕らえるのに苦労をした。新しい隊員に、小熊ほどある犬は、(首輪抜けをしていた場合)とうてい手に負えるシロモノではないだろうと思ったのだ。

 

もし、第2次越冬隊が来なかったらどうしよう。この際、最悪のことを考えて、手を打っておくべきではないか。首輪の穴を縮めるなど最悪のことだ。私は不安と不満を西堀(第1次越冬)隊長にぶつけた。

 

そのとき、西堀隊長はこう言った。「北村、それが探検だよ。非情なことでも、目的を達成するために、それが最良のことなら、心を殺してそれに従わなければならないものだよ。」

 

西堀隊長はこうも言った。「首輪を締めなくて犬が離れ、第2次越冬隊が来たときに、その犬に手こずったらどうする。交代ができるかどうかわからないにしても、今は、できると信じよう。それに向かって最高の準備をしよう。」』

 

基地には7頭の犬が首輪につながれたまま息絶えており、他の6頭の消息はわかりませんでした。基地に置いてきた犬の食料や死んだ犬を食べた形跡はなく、アザラシの糞やペンギンを食べて生きてきたのだろうと北村は推測しています。北村らは3次隊越冬の際、タロとジロが2頭でアザラシに襲いかかるところや食料を貯蔵するところを目撃しています。この兄弟は特に首輪抜けが得意な個体だったと言われます。

 

タロとジロの生還は日本中に衝撃と感動とをもたらし、生きる勇気を与えてもらいました。高倉健主演の映画 ”南極物語” の感動的な名場面も目に焼き付いています。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、人間・動物の生命力の強さ、愛と希望と勇気を感じつつ、施術、ボディケアを行なっていきます。