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北浦和の整体。アメリカンフットボール。

2019/11/29
北浦和の整体。アメリカンフットボール。

1934年の今日、日本で初めてアメリカンフットボールの試合が東京・明治神宮外苑競技場で開催されました。今日はアメリカンフットボールの話…

 

アメリカンフットボールはその名のとおり、アメリカで盛んに行なわれているフットボールであり、アメリカやカナダで単に 「フットボール」 と言うときは、アメリカンフットボールのことを指します。そして、北米以外の地域では、サッカーなど他のフットボールと混同を避けるために、略さずにアメリカンフットボールと呼ぶことが多いのです。ちなみにラグビーの正式名称は 「ラグビーフットボール」 と言います。

 

日本では、一般的に 「アメフト」 や 「アメラグ(アメリカンラグビー)」 の略称が一般的となっています。

 

アメリカでは不動の一番人気スポーツ。歴史的に人気が高かった野球に取って代わり、アメリカの ”国技”、”国民的娯楽” という意見が主流を占めるまでに至りました。アメリカの世論調査によると、”最も観戦するのが好きなスポーツ” の1位(37%)で、2位はバスケットボール(11%)、3位は野球(9%)となっています。

 

北米4大プロスポーツリーグの中で最も人気のある、NFL(ナショナルフットボールリーグ)の王座決定戦、”スーパーボウル” はアメリカ最大のスポーツイベント。全米TV番組史上視聴者数トップ10のほとんどを占めています。

 

アメリカに初めて英国のフットボールが紹介されたのは、1867年であるとされています。始めたのはプリンストン大学で、アソシエーション式(初期のサッカー)のゲームでしたが、プレーヤーの数は各チーム25人の計50人でした。続いてラトガーズ大学でも、やはりアソシエーション式のフットボールを始めましたが、プリンストン大学とはルールが異なっていました。

 

その後、他大学がラグビールールの試合を行なうようになり、それが主流となりアメリカンフットボール特有のゲーム形式が発展していきました。19世紀後半以降、アメリカンフットボールは、大学のスポーツとして人気を博すことになります。

 

日本では、岡野平太が1917年留学先のシカゴ大学でスタッグ教授からバスケット・水泳・陸上競技と共にアメリカンフットボールを学びました。実際に岡野は大学や近くのクラブチームでプレーを経験しました。岡部は1920年に帰国後、陸上競技コーチに就任した第一高等学校(旧制)の陸上運動部や、東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中高)の学生らにアメリカンフットボールを教えました。

 

岡部は1925年出版の自著 『世界の運動界』 の中で、日本で最初とされるアメリカンフットボール解説を書いています。

 

1934年になって、立教大学教授ポール・ラッシュと明治大学教授松本瀧藏たち、日本に留学した日系二世が中心となり、立教大学・明治大学・早稲田大学が参加した 『東京学生米式蹴球競技連盟』(現在の日本アメリカンフットボール協会)を設立します。そして、11月29日には明治神宮外苑競技場で、学生選抜軍と横浜外人チームによる、日本で最初の公式戦が行われました。

 

アメフト日本一決定戦の ”ライスボウル” でMVPに贈られる 「ポール・ラッシュ杯」 はラッシュにちなんで名づけられました。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、アメフトに真剣に取り組む学生の方にも効果的なメンテナンス・施術を行なっていきます。