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北浦和の整体。女子マラソンの日。

2019/08/05
北浦和の整体。女子マラソンの日。

1984年(昭和59)の今日、ロサンゼルスオリンピックで、オリンピックで初めての女子マラソンが行なわれました。

 

「女子選手には危険過ぎる」との理由で長年開催されていなかった女子マラソンがこの大会から公式競技となりましたが、8月初め酷暑の中でのレースとなりました。午前8時過ぎにスタート。終盤には気温が30℃近くまで上昇していたようです。

 

よろめきながらスタジアムに入ってきたスイスのアンデルセン選手の姿は今でもよく憶えています。ラストのトラック1周を5分44秒かけてゴールへ。満員の観衆がスタンディングオベーションで彼女の頑張りを称えている映像を見ると、胸が詰まる思いです。

 

脱水症状で生命の危険があるランナーを制しなかったことが大きな波紋を呼びましたが、当の本人は2時間ほど治療を受けて回復し、10時間後にはテレビに出演するなど、メダリスト以上の注目を浴びることになりました。

 

ガブリエル・アンデルセン選手は、脱水症状でまっすぐに歩くことすらできない状態で、制止するスタッフを振り切って走り切りました。そのときの状況を彼女自身が選手の視点から語ったミニドキュメンタリーが2014年のオリンピックチャンネルにアップされています。

 

私たちはスポーツの何に感動し、何に感動すべきではないのか、そして何が選手を追い詰め、何をサポートするべきなのか? 彼女の言葉をどう捉えるかで、その答えは変わってくるような気がします。

 

「あのレースが開催される前に小さな式典があり、かなり特別なものだった。国旗が掲げられ、初めての女子マラソンだというアナウンス。だから、オリンピックで走るということ以外に、史上初の(五輪での女子)マラソンに参加できるということでも、このレースが特別なものだと感じていた。」

 

「私は、女子長距離走の開催が正しいということを、オリンピック委員会に知らしめたかった。女子が走れないだなんて、科学的な証拠は一切ないのだから。オリンピック以外でも、世界中のロードレースで走っている女性たちはたくさんいる。さらに、アメリカでは、長距離走でも短めのレースでも、男性より女性が多く参加しているレースもある。それは、女子のレースを開催すると決めたことがよい決断だったということの証明。明らかに、長距離走に参加する女性の背中を押してくれている。」

 

「女は長距離なんかできない」 こう否定され五輪で競技することさえできなかった女子マラソンの選手たち。失格者が増えれば 「ほら見たことか」 と言われるに違いない。そういった競技以上のプレッシャーがかかっていたのです。

 

さらに恐ろしいことに、当時のルールは科学を無視し、身体の健康を無視した過酷なものでした。

 

「最後の給水スポットでは、水を飲めなかった。そのことが最後の数マイルに影響を及ぼした。最後の1マイルはペースを落とさなければならなかったことを、ハッキリと覚えている。…当時のルールでは、定められた4~5つほどのスポットでしか給水できなかった。」

 

「私は脱水状態になっていたので、スタジアムに入った時にふらついていた。その時にはすでに脱水症状で体が痙攣していた。それが私の一番の問題だった。頭はまだ働いていたし、向かう場所はわかっていた。…しかし、筋肉が言うことを聞かなかった。そのとき 『オリンピックにいるのよ。このレースを走り終えたい。一回きり、たった一度だけのチャンスなのだから』 と思っていた。すでに39歳で、4年後、また出場する機会はない。もしほかのレースやほかのマラソンがあれば、やめていたと思う。」

 

身体よりも競技者として責任を優先することは一見称賛に値するように見えますが、この姿勢は一線を越えれば死を招きます。スポーツに ”感動” するとき、私たちは選手たちが身体を犠牲にする行為に興奮を覚えていいのでしょうか?

 

「スタジアムの暑さでボロボロになり始めた。でも、歓声はハッキリと覚えている。信じられないほどの叫び声。……あの応援があったから進めた。」

 

「医者が近くに寄り添って、見守ってくれていたが、報道陣からは 『止めるべきだった』 など多くの批判が寄せられた。……暑さの中で行われる長距離走で、選手の体調が悪くなることは決して珍しくない。同じ不調に見舞われた選手を知っているが、彼女たちはレースの序盤に起こったので、棄権している。私の場合は、長い距離を走り終わっていたので、状況が違った。ほかの人でもゴールしようとしたと思う。」

 

彼女のこの最後の言葉は、本人たちが自ら進んで肉体を競技に捧げようとしているとき、私たちは後押しをすべきなのか、しないべきなのか? と考え込まざるを得ません。

 

最終的には競技を続行するかどうかは選手自身が決めるべきだと思います。そして、その判断は自分のことを一番わかっている自身が下す判断なのだから、決して間違いがあってはいけないと思うのです。

 

アンデルセン選手も死んでもいいと思って続行したのではないと思います。このまま進んでも自分は大丈夫と考えたから、進んだのだと思います。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、猛暑日にはキッチリ休養をとっている、アスリートのニーズに合った施術を行なっていきます。