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北浦和の整体。昭和の日。

2019/04/29
北浦和の整体。昭和の日。

今日は昭和の日。昭和天皇(1901-1989)誕生を記念した日です。

 

1989年(昭和64)1月7日の昭和天皇崩御ならびに今上天皇即位により、”天皇誕生日”の4月29日を”みどりの日”という名称となり、2007年から”昭和の日”に改称、それまで”国民の休日”であった5月4日が”みどりの日”に変更されました。

 

明日4月30日に今上天皇が譲位し、明後日5月1日に皇太子徳仁親王が天皇に即位することに伴って、来年2020年から天皇誕生日が2月23日に変更されるため、今年(平成31年/令和元年)は、天皇誕生日のない年になります。

 

1949年(昭和24)の今日、国際オリンピック委員会 (IOC) が日本とドイツの五輪復帰を承認しました。1952年開催の第15回ヘルシンキ大会から復帰することになったのです。

 

ただ、この時点では、ドイツはまだひとつのドイツでしたが、米ソ冷戦激化の影響で、この年の9月に西ドイツが、1か月後の10月に東ドイツが誕生することになり、ドイツは東西が別々にオリンピックに参加することになります。

 

また、毎年4月29日に必ず行なわれるスポーツイベントがあります。日本武道館で開催される全日本柔道選手権大会です。この大会と全日本剣道選手権大会(11月3日)は、日程が最優先で確保されている大会なのです。

 

そして、1977年(昭和52)の今日、山下泰裕がその全日本柔道選手権大会で史上最年少(19歳)で優勝しました。

 

熊本県山都町で生まれ育った山下は、幼少の頃から体格がよく、小学校3年生から柔道を始め、小学校6年生の時には熊本県の柔道大会で優勝し、名門・熊本市立藤園中学校に入学します。中学1年の時にはすでに体重が100kg近くありました。

 

全国中学校柔道大会の団体戦に2年3年と出場して、ともにオール一本勝ちで藤園中学の優勝に大きく貢献し、「怪童出現」と一躍注目されます。中学2年のときの「将来の夢」という作文には、「オリンピックに出場して、メインポールに日の丸を揚げながら『君が代』を聞きたい。そして柔道の素晴らしさを世界の人々に広げられるような仕事をしたい」と書いています。

 

高校時代は地元の高校から東海大相模高校に転校し、大学生とともに稽古するようになり、17歳で出場した1975年の全日本選手権では、高校生ながら準決勝まで進出し、旭化成の上村春樹に判定負けするものの3位入賞を果たします。

 

東海大学体育学部武道学科に進学し、全日本学生大会の無差別級で史上初の1年生チャンピオンになります。また、スペインのマドリードで開催された世界ジュニア選手権ではオール一本勝ちで優勝。

 

大学2年になると、全日本選手権の東京予選を制し、本大会でも順調に勝ち進み、決勝で前年のオリンピックで銅メダルを獲った遠藤純男を判定2-1で降し、19歳にして史上最年少を果たし、”怪童”が”怪物”と呼ばれるようになりました。

 

その後、唯一出場した1984年ロサンゼルスオリンピックで、2回戦で”右足・軸足の肉離れ”を起こしながらも決勝まで戦い抜き、見事に金メダルを獲得しました。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、柔道に打ち込んでいる方にも、施術、ボディケアを行なっていきます。