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北浦和の整体。第4回夏季オリンピック、ロンドン大会。

2019/04/27
北浦和の整体。第4回夏季オリンピック、ロンドン大会。

1908年(明治41)の今日、イギリスのロンドンで第4回夏季オリンピックの開会式が行われました。

 

1908年大会は本来、ローマ(イタリア)で開催される予定でしたが、1906年にイタリアのヴェスヴィオ山が噴火し、その被害がローマにも及んだため、急遽ロンドンでの開催となりました。近代オリンピックでは初めて、自然災害により開催地が変更された事例です。

 

この大会からオリンピックの参加が各国のオリンピック委員会を通じて行われるようになった大会でもあります。また、初めて国旗を先頭にした入場行進が行われるようになりました。

 

参加国・地域は22、参加人数は2,035人、競技種目数は22競技110種目でした。

 

この大会では、ホスト国で世界スポーツ界に君臨していたイギリスと急速に国力を伸ばしていたアメリカがお互いをライバル視し、険悪な関係になっていました。

 

この状況を危惧した、(アメリカ選手団に同行していた)ペンシルべニア大司教のエチュルバート・タルボットは、「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことであろう」と説教で語り、これを知ったクーベルタン男爵は、オリンピック精神の表現としてこの言葉を引用するようになったと言われています。

 

ニュージーランドが初参加しましたが、単独ではなく、同じオセアニアのイギリス自治領で第1回アテネ大会から参加していたオーストラリアとの合同チーム、”オーストララシア”としての参加となりました。

 

開催国イギリスのメダル獲得数は146(金56、銀51、銅39)、アメリカのメダル獲得数は47(金23、銀12、銅12)で、イギリスの大勝に終わった大会でもありました。

 

主な金メダリストは、レジナルド・ウォーカー(南アフリカ・陸上男子100m)、ウィンダム・ハルスウェル(イギリス・陸上男子400m)、ジョニー・ヘイズ(アメリカ・陸上男子マラソン)、ジョン・フラナガン(アメリカ・陸上男子ハンマー投)、エリック・レミング(スウェーデン・陸上男子やり投)、マーチン・シェリダン(アメリカ・陸上男子円盤投)、…

 

マラソンは、国王の住むウィンザー城からシェファードブッシュ競技場までの約40kmで行われました。この際、当時の王妃アレクサンドラが、「スタート地点は宮殿の庭で、ゴール地点は競技場のBOX席の前に。」と注文をつけたために、マラソンの距離が42.195kmという半端な数字になったという説もあります。

 

ちなみに、この大会で最初に競技場に到着したのはイタリアの選手”ドランド・ピエトリ”だったのですが、ゴール直前で倒れて、それを役員が助け起こしてゴールしたために、失格となってしまいます。役員が「ゴール地点が競技場の入口からBOX席の前に変更になった」ことを知らなかったために起きたとも言われています。後に”ドランドの悲劇”と言われる事件です。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、疲労回復を考慮した、アスリートのニーズに合った施術を行なっていきます。