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北浦和の整体。アテネオリンピックの話。

2019/04/06
北浦和の整体。アテネオリンピックの話。

1896年(明治29)の今日から、第1回アテネオリンピックが開催されました。

 

ギリシャのアテネで行われた夏季オリンピック、近代オリンピック最初の大会についてご紹介します。

 

大会は4月15日の閉会式まで8競技43種目が行なわれました。14カ国・地域、241人が参加しました。ピエール・ド・クーベルタン男爵により提唱され、始められたものでした。

 

クーベルタン男爵は、”近代オリンピックの父”と呼ばれ、歴史書のオリュンピアの祭典の記述に感銘を受け、「ルネッサンス・オリンピック」の演説の中で近代オリンピックを提唱しました。その後、賛同者によって国際オリンピック委員会(IOC)が設立され、第1回アテネオリンピックの開催へとつながりました。

 

クーベルタンは、IOC事務局長、第2代IOC会長などを務めて、近代オリンピックのシンボルである”五輪のマーク”も考案しています。

 

第1回大会の参加者は男子のみで、女子の参加は第2回以降になります。

 

実施競技は、陸上、競泳、体操(ウエイトリフティングは体操の1種目)、レスリング、フェンシング、射撃、自転車、テニスの8競技。

 

近代オリンピック最初の競技は、陸上競技100mの予選で、すべてのレースでアメリカの選手が1位になりました。これには、アメリカだけがクラウチングスタートをしていたからという理由があります。

 

競技の決勝では、アメリカのジェームズ・コノリー(男子3段跳び)が古代オリンピックが終わってから1500年ぶりに近代オリンピック最初の栄冠を手にしました。また、マラソンでは、ギリシャのスピリドン・ルイスが優勝しました。

 

陸上男子100mでは「12秒0」の記録でトーマス・パークが優勝しています(400mも優勝
)。

 

第1回オリンピックでは、財政事情により金メダルはなく、優勝者には銀メダル、2位の選手には銅メダルが贈られ、3位の選手には賞状が授与されました。

 

当時は国家単位ではなく個人名義による自由出場だったために、国混合チームが出場していました。

 

アメリカは、金11・銀7・銅2・計20で、開催国のギリシャ(金10・銀17・銅19・計46)を金メダルの数では上回りました。

 

「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」という言葉は有名ですが、実はこの言葉はクーベルタン男爵が考えたものではなく、聖公会のペンシルベニア大主教であるエセルバート・タルボットが1908年の第4回ロンドンオリンピックのときにアメリカの選手たちに対して語った言葉でした。

 

1908年ロンドン大会が開催された当時は、アメリカとイギリスが”犬猿の仲”となっていて、アメリカの選手団はロンドンに来てからいろいろな嫌がらせをされました。それで気の滅入ってしまったアメリカ選手団が気分転換に訪れたセント・ポール大聖堂の聖餐式で、説教を受けて勇気づけられたということです。

 

この時の出来事とセリフが伝わり、感銘を受けたクーベルタンが各国のオリンピック関係者を招いての晩餐会の席上でのスピーチで引用して演説したところ、たちまちこのセリフが“クーベルタン男爵の演説”として世界に広まってしまった、というのが真相です。

 

また、クーベルタン男爵は同じ席で「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ、これこそがアスリートの義務であり、最も大切なことである」とも語っています。こちらは本人が考え出したセリフのようです。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、疲労回復を考慮した、アスリートのニーズに合った施術を行なっていきます。