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北浦和の整体。スポ根の話。

2019/03/30
北浦和の整体。スポ根の話。

1968年(昭和43)の今日、テレビアニメ”巨人の星”が放送開始されました。

巨人の星は”スポ根”のさきがけとして後世に名を残す名作となっています。スポ根は、”スポーツ”と”根性”を合体させた「スポーツ根性もの」の略語。日本のマンガ、アニメーション、ドラマにおけるジャンルのひとつとなっています。

 

この”根性”という言葉は、元々仏教用語で「その人が生まれながらに持ち合わせる性質」という意味。日本のスポーツ界では、「困難な状況でもそれに屈することなく物事をやり通す意志や精神力」を表す言葉として用いられてきました。

 

根性の肯定的な用法としては「根性で勝ち取った」、否定的な用法としては「根性が足りない」「根性を鍛え直す」などがあります。

 

日本には明治時代から欧米から発祥したいろいろなスポーツが入って来るようになりましたが、”コミュニケーションの手段”としての側面にはあまり関心が払われず、”技術の向上”と”勝つこと”に関心が払われました。

 

それらを実現するための指導法と強化体制の確立が重視されてきたわけですが、そんな流れの中で登場したのが”根性”という言葉だったのです。

 

精神に訴えかける言葉自体は、第2次世界大戦後に”非科学的”と敬遠されていました。しかし、1964年に行なわれた東京オリンピックにおいて、バレーボール全日本女子の大松監督やレスリング日本代表の八田監督が精神論を前面に出した厳しい練習方法を導入して成果を挙げたということから、世の中に「耐え抜き努力する姿勢」を尊ぶ風潮が生まれて、スポーツ界だけでなく、一般社会でも”根性”という言葉が普及していきました。

 

さて”巨人の星”に戻りますが、一般的にその”スポ根”の元祖とも呼ばれています。漫画としては、1965年(昭和40)から1971年(昭和46)まで『週刊少年マガジン』に連載されました。原作は梶原一騎、作画は川崎のぼるでした。

 

星一徹と飛雄馬の父子特訓から、ライバル達と出会い甲子園での激闘、巨人入団後に大リーグボールを開発して更なる激闘、左腕が崩壊して完全試合を達成、父子の闘いの終焉までがあらすじとなります。

 

飛雄馬は早くに母を亡くして、小さい頃から日雇い人夫をしている父・一徹に野球のスパルタ教育を受けており、遊び道具は野球のボールしか与えられず、ひたすら読売巨人軍に入るための猛特訓を毎日受ける、単に根性とは呼べないほどの生活を強いられました。

 

この父子の間には、甘えや許容というものは一切なく、それだけに飛雄馬はどんどんたくましく育っていきました。そして、本当に夜空で最も輝く”巨人の星”となるのです。

 

実は巨人の星には、今ではタブーとされている言葉やトレーニングがたくさん出てきます。例えば、「日雇い人夫」という言葉、「うさぎ跳び」というトレーニングなど…

 

このアニメの主題歌は、「思い込んだら 試練の道を 行くが 男の ど根性…」で始まります。そんなTV”巨人の星”を見ることを毎日楽しみに、私は家に帰っていました。そして、いつもかぶっていた野球帽のマークは、もちろん”YG”でした。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、練習に打ち込む野球少年にも効果的なメンテナンス・施術を行なっていきます。