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北浦和の整体。ベンヤミン・ライヒの話。

2019/02/28
北浦和の整体。ベンヤミン・ライヒの話。

1978年(昭和53)の今日はオーストリアのアルペンスキー選手、ベンヤミン・ライヒの誕生日です。

 

チロル州アルツル出身のベンヤミン・ライヒについてご紹介します。

 

『ベンヤミン』は英語読みでは『ベンジャミン』とも表記されます。

 

1996年、18歳でFISワールドカップデビューし、2年後のクラニスカ・ゴラ(スロベニア)・回転で3位入賞して、初めて表彰台に昇ります。また、翌日のシュラドミング(オーストリア)・回転でワールドカップ初優勝。その年に、フラッハウ(オーストリア)・大回転で優勝、クラシックレースのウェンゲン(スイス)で回転で優勝して、このシーズン3勝を挙げました。

 

その後は、次の1999-2000年シーズンには2勝、2000-2001年シーズンには4勝と白星を重ねていきました。また同じシーズンに、回転で初の種目別優勝を果たしました。そして、同じ年に行なわれたアルペンスキー世界選手権(オーストリア・サンアントン)では、回転で銀メダルを獲得しています。

 

初めてのオリンピック出場は2002年ソルトレイクシティオリンピック(アメリカ)で、回転と複合で銅メダルを獲得しています。

 

2005年世界選手権(イタリア・ボルミオ)では、滑降以外の4種目に出場、回転と複合で金メダル、大回転で銀メダル、スーパー大回転で銅メダルと、出場全種目でメダル獲得という快挙を成し遂げました。

 

翌年のトリノオリンピック(イタリア)では、回転と大回転で金メダルを獲得し、回転では2位、3位もオーストリアで、オーストリア勢が表彰台を独占するということになりました。

 

この年のシーズンでは、ワールドカップで7勝を挙げて、初めての総合優勝を果たしました。

 

2010年バンクーバーオリンピック(カナダ)では、滑降以外の4種目に出場しましたが、メダル獲得はなりませんでした。この大会で、オーストリア男子アルペンチームはメダル0に終わるという結果に終わりました。

 

ライヒは、技術系種目を得意とするオールラウンダーで、スピード系をやや苦手としていて、ワールドカップでも滑降はだいたい10位台に終わっていました。スーパー大回転もたまに表彰台に上がる程度で、回転・大回転ほどの強さは持っていませんでした。

 

これはあくまで他のシード選手と比べての話で、数少ない全種目入賞を数シーズンにわたって続けていること自体、すごいことだと言えます。

 

ライヒは、2015年9月に記者会見を開き、「10月に行なわれる開幕戦ゼルデン(オーストリア)を考えると、モチベーションがなくなっていることに気づき、自分を追い込むこともできそうにないと感じた。だからキャリアに終止符を打つことにした。」と述べて、引退表明をしました。

 

37歳で引退したライヒのFISワールドカップでの通算成績は、36勝(回転:14勝、大回転:14勝、スーパー大回転:1勝、複合:7勝)、総合優勝:1回(2005-2006シーズン)でした。

 

私は、3年前にライヒの引退表明を聞いたとき、あのしなやかなライヒの滑りをワールドカップで見れなくなるのかと寂しい思いがこみ上げて来たのを憶えています。

 

ボディブラでは、FISワールドカップ観戦でお疲れの方にも、施術、ボディケアを行なっていきます。