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北浦和の整体。レークプラシッドオリンピックの話。

2019/02/13
北浦和の整体。レークプラシッドオリンピックの話。

1980年(昭和55年)の今日、レークプラシッドオリンピックが開催されました。

 

冬季オリンピック・レークプラシッド大会についてご紹介します。

 

大会は2月24日の閉会式まで、アメリカ合衆国ニューヨーク州のレークプラシッドで6競技38種目が行なわれ、参加国・地域数は37、参加人数は1,072人。1932年以来2回目のオリンピック開催でした。

 

レークプラシッドは人口2700人の町で、周囲の町も含めても宿泊施設が不足しており、大会前から、観客は60~100キロ離れたカナダのモントリオールやバーモント州に宿を取らなければならないことが予想されていました。

 

選手村は、新設刑務所建設の予算で建てられました。5つの刑務所の建物だけでは選手が入り切れず、トレーラーハウスも用意されて1932年ロサンジェルスオリンピックで選手村が出来て以来、金網などの敷居が設けられ、男女に分かれていた選手村が一緒になった大会でもありました。

 

冬季オリンピックで初めて中国が出場し、人工降雪機が初めて採用された大会でした。

 

スピードスケートでは、アメリカのエリック・ハイデンが5種目完全制覇の偉業を成し遂げました。距離別の専門性が高まる競技の中で、タイム差もかなりあり、空前絶後の記録となりました。

 

アイスホッケーの決勝は最終日に行なわれ、前々日の準決勝で前回まで4連覇しているソ連を4-3で破り勢いに乗った、大学生中心に作られたアメリカチームがフィンランドを破って、20年ぶりの金メダルを獲得しました。無敵だったソ連チームを準決勝で破っての栄冠は、後に『氷上の奇跡』と称されています。

 

開催国アメリカの金メダルの数は、ソ連10・東ドイツ9に次いで6個。ハイデンの5個とアイスホッケーの1個でした。

 

注目の金メダリストとして、前述のほかに、アルペンスキー男子回転・大回転のインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)、アルペンスキー女子回転・大回転のハンニ・ウェンツェル(リヒテンシュタイン)、フィギュアスケート女子シングルのアネット・ペッチ(東ドイツ)などがいます。

 

アルペンスキー技術系種目2つで金を獲っているスウェーデンのステンマルクは、FISワールドカップで通算86勝(歴代1位)の戦績を持ち、20世紀を代表する名選手と評されており、その滑りの美しさは今においても技術的に最高水準であり、全盛期には、100分の1秒を争う技術系種目で、5秒前後の大差をつけて優勝することが珍しくないぐらい、最強のスラロ―マーでした。

 

その強さは、「ステンマルクに次ぐ2位は優勝と同じ価値がある」とライバル選手たちに言わしめました。

 

日本のメダルは、スキージャンプ70m級で八木弘和が銀を獲っています。

 

ボディブラでは、冬のスポーツに打ち込んでいる方にも、施術、ボディケアを行なっていきます。