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北浦和の整体。NHK大河ドラマの話

2019/02/05
北浦和の整体。NHK大河ドラマの話。

昨年の”西郷どん”に替わり、1月から”いだてん~東京オリムピック噺~”というNHK大河ドラマが始まりました。

 

このドラマは、2人の主人公がリレー形式で変わるドラマなのですが、前半の主人公”金栗四三(かなくりしそう)”についてご紹介します。

 

金栗四三は日本人初のオリンピック選手で「日本のマラソンの父」と言われています。当時は東京高等師範学校の学生でした。

 

彼が出場したのは、日本が初めて夏季オリンピックに参加した1912年(明治45年)のストックホルムオリンピック。そのオリンピックに日本が参加することを決めたのが、柔道の創始者、東京高等師範学校の校長だった”嘉納治五郎”でした。

 

嘉納は、「スポーツ」という言葉すら知られていない時代に日本初のオリンピック選手派遣に向けて苦戦します。

 

当時は、誰もオリンピックのことは誰も知らず、何をやるのか、何のためにやるのかもまったく知られていない状態でした。

 

嘉納は「オリンピックストックホルム大会選手選考会(国内予選)を羽田運動場(現在の羽田空港)で開催します。

 

東京高等師範の本科生へと進み、長距離走が得意だった金栗は、徒歩部(後の陸上部)に入部しました。本科に進んで1年後、春の校内長距離走で優勝を果たします。

 

そして、選手選考会に臨むことになりました。もちろん、金栗もオリンピックが何なのか、スポーツとは何なのか、まったくわかっていませんでした。

 

マラソンの距離は25マイル(約40キロ)。当時の距離単位で言うと10里です。

 

金栗は、最長6里までは走ったことがありましたが、さらに4里走れるかどうか、不安になり、選考会までの20日間、猛練習をします。

 

このときに「汗抜き」というトレーニング方法を誰かから教わるのですが、水分を一切摂らずに汗をたくさんかき、体内の水分をできるだけ出し切って、体を軽くするという方法でした。

 

金栗は何の迷いもなく実践したものの、どうにも耐えられなくなり、あまりの苦しさに砂糖水を何杯も飲むと、体がスッキリ軽くなったようです。

 

それ以来、金栗はレース前には砂糖水も食事もたっぷり摂るようになります。

 

現在では常識となっている、コンデション作り、スポーツ時の水分補給ですが、100年前の日本のスポーツ界にそんな科学的見地など存在しなかったわけで、金栗は自らの体験をもとに走るための方法論を作っていったのでした。

 

選考会のマラソンで1位で競技場に戻ってきたのは、金栗でした。記録は当時の世界記録を27分も縮めていました。

 

金栗が選考会で世界新記録で優勝し、学校や世間の人が喜び浮かれている中、金栗本人はすぐ冷静にレースを分析しています。

 

選考会では、途中で飢えや渇きに耐えかねて、商店のパンを盗んだり、田んぼの水を飲んだりした選手もいました。やはり、勝負の明暗を分けたのはレース前の食事であると、金栗は悟ります。「適切な食事を摂ることが大事」と金栗は結論づけます。

 

大河ドラマの中でレース後、一睡もせずレースを分析した翌日に、ボロボロの体を引きずって街中を歩いている金栗の姿が痛々しく、印象的でした。

 

北浦和のスポーツ整体、カイロのボディブラでは、疲労回復を考慮した、クライアントのニーズに合った施術を行なっていきます。